「ツトム君のママ」というアイデンティティ

 「ツトム君のママ」でなくても「あやパパ」とかでも問題は同じなのだ。

 何の話かと言うと、たとえばラジオ番組なんかで聴取者が電話で番組に参加するクイズコーナー。「こんにちはー『昼でもサンライズ』のドン道川です。ラジオネームをどうぞ」「え…、えーっと、『ツトム君のママ』です」「はい、ではツトム君のママさんへの問題は…」みたいな流れがありますね。いやまあ別にね、人がどんなラジオネームを名乗ろうと俺が文句を付ける筋合いはないんだけどさ、そのテの名前を耳にするたびに俺の心にはいつもモヤモヤが残るのだよ。

 なるほど、あなたは確かにツトム君のママである。あやちゃんのパパである。それは確かなんだがね、だがその前にあなた自身のアイデンティティは何なんだ。ものすっごく気になる。これが例えば、「ツトム君のママ『ローズ・タトゥド・ヒップ』で〜す」ならばわかる。「あやちゃんのパパ『土竜髭の助』です」ならばいいのだ。

 あんまりゴチャゴチャ言うのはやめよう。つまるところ、子供抜きに語れぬアイデンティティっていったい何なんだろうなという、ただそれだけの疑問なのである。



<次回は「い」または「てい」で始まるタイトルですよ>
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# by edoya-ex | 2006-12-24 17:46 | シリトリヨタバナシ

スーパーマーケット

 
 スーパーマーケットのいくつかあるレジのどこに並ぶか。考察に値する問題である。

 安易なのは、一番並ぶ人の少ないレジに行くというものだ。これが意外と時間を取られるもので、並ぶ人が少ないのはそのレジにいる店員の手際が悪いことをよく知っている常連客がけっしてそこへは並ばないから、ということもあるのだ。まずは並んでいる客どもの持つカゴにある物の量を見れば良い。単純に人数だけでは判断できないことがわかるだろう。カートを引いている客の多い列は当然時間がかかるのである。レジは空いているが出口には遠いレジというのも考えものである。考えるほどきりがないか。「客一人当たりの所要時間の平均は1分4秒である」との調査結果がある。ゆえに、個人個人の買い物の量に多少の差があろうとも、「人数×1分4秒」でだいたいの待ち時間は算出されることとなる。すなわち考慮するべきは、レジから出口までの距離、店員の手際、レジ待ち客の人数、この三点に絞られるという事になる。これを瞬時に計算し、すかさず最適なレジに並び勘定を済ませ脱兎の如く帰宅し速やかに爽やかに夕食の用意を済ませ、余った時間を有効に使うのが賢い主婦であるという。なるほどね。

 ところで俺はスーパーマーケットでは、一番可愛い(と思われる)コのいるレジに並ぶのだが。そうすれば多少待ち時間が長くても一向に差し支えないのだし。楽しい時間は早く過ぎるものだと言うではないか。その朗らかなる気持ちを持てるならばだね、出口まで少々遠かろうと何の問題があろうか。あるいは帰宅後の料理もまた、穏やかな気持ちで作れるではないか。

 「客一人当たりの所要時間の平均は1分4秒である」のようなデータには何の価値もない。時間というのは時計が決めるものではなく、その当人の心が作り出すものなのだ。それが精神衛生の上で健全な人生をおくるということなのだよ。

(フィクション)


<次回は「と」または「つと」で始まるタイトルですよ>
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# by edoya-ex | 2006-12-14 23:47 | シリトリヨタバナシ

プラネット・アース

 FAXでもらった図面の一部がちょっと読みづらくて、寸法が今ひとつ不確かなので、佐伯さん(仮名)の携帯に電話をかけてみた。

 佐伯さんはちょっと外を歩いているところだった。図面を描くためのシャーペンの芯を買いに出ていたのだとか。今の時代、ほとんどがCAD図面なのだけれど、佐伯さんは手描き図面にこだわっている。というか、AUTO CADとか覚える気がないらしい。手でできるものを何でパソコンとかにやらせなければならんのだ、とよくぶつぶつ言っている。実際、佐伯さんの描く図面は、そこらのオザナリなCAD図面など比べようもないほど美しいのだ。

 外を歩いているので図面は手元にはないが、だいたい覚えている(さすが)ということなので、数カ所の寸法を聞き、とりあえずそれでやってみて間違いがないかを佐伯さんが会社に戻った頃にもう一度電話で確認する、と、そこまで話した時に突然、電話の声が遠くなった。あれ、電波がおかしいのかなと思っていると佐伯さん、「オーライ、オーライ」とか言っている。車の誘導をしているようだ。一分ぐらい電話をそのままにしていたら佐伯さんが電話口に戻ってきて、ごめんごめんちょっと細い道の曲り角で車がブロック塀にこすりそうになってたからもう見てらんなくって、と言う。僕はつくづく、佐伯さんって親切な人だなと思って、いや、いつもそう思ってるんだけど、今日はあらためてそう思ったんで、そのように佐伯さんに伝えると…

 いや、ほら、別に僕は特別、親切にしてるわけじゃなくてね、たとえば明日、地球が破滅しないとも限らないじゃない?最近物騒だから、今この瞬間にもどこかの国の独裁者が核ミサイルのボタンをちょっと間違って押しちゃうかもしれない。今そうなったら、どの国がどうとかじゃなくって地球全体がたぶん破滅しちゃうでしょう?だからいつ最後がきてもいいようにね、できるだけお互いが気持ちいい記憶を残せるようなふうにしようかなって、そう思ってさ、でまあ結果的に親切って事になってるって、それだけのこと

 なんてちょっと照れくさそうに佐伯さんは言った。そこで僕は、こういう人が一人でも多く増えさえすれば、地球は平和になるのも簡単なのだろうと思ったのだった。

(フィクション)

<次回は「す」または「あす」で始まるタイトルですよ>
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# by edoya-ex | 2006-10-29 21:24 | シリトリヨタバナシ

バンジージャンプ

 北極から南極、つまり地球の中心軸を貫通する大穴をあけて、北極側からでも南極側からでもいいのだがバンジージャンプをしてみよう。まずはどんどん落ちていく。地球の中心部に向けて落ちていく。さて、中心部を過ぎた瞬間、「落ちる」のではなく「上る」ということになる。反対側の地表へ向かっているのだから。足につけたゴム紐は地球の直径と同じ長さになっている。落下時の速度の上昇と上昇時の速度の低下とを考え合わせると、おそらく反対側の地面に顔が出るかでないかぐらいで反対側へ引っ張られることとなるだろう。そしてまたもとの場所へと戻ってくる。意外と時間はかからないはずだ。理論上はゴム紐はいらないはずなのだが、まあ一応の安全装置ということでね。

 と、言っていた彼が北極から穴に飛び込んだ。それきり消息は不明。どうやら地球の中心部へ行くよりずいぶん前に空気との摩擦熱で燃え尽きてしまったらしい。

 先端が黒く焼けたゴム紐だけが物凄い勢いで穴から飛び出してきた。 


<次回は「ぷ」で始まるタイトルですよ>
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# by edoya-ex | 2006-09-07 21:04 | シリトリヨタバナシ

羅針盤

 
 羅針盤がぐるぐると回るばかりで一向に正確な方向を指し示さないので今自分の舟がどこに居てどこへ向かおうとしているのかさっぱりわからないまま5年10年が過ぎどこの港にも辿り着かず陸地を踏みしめることもなく必要な物資はすれ違う他の舟から得るのみでここまで来たがここ数カ月どうやら羅針盤が正しい方向を示すことが多くなってきたようでようやく水平線の彼方にある陸地のほんの一部が見えかけてきたのだがそこまで行くためのスタミナ配分が心配だが心配しても始まらないとにかくズンズンと進むこととしようかとばかりに気合いを入れようとしたがよくよく考えてみればがんばるのは舟のエンジンであって私ではないのだから気合いも何もあったものではないがそこはそれ無気力で事にあたるよりは自分のこの四肢でもって舟を動かしているかの如く意識を働かせたほうがいかに鉄やアルミの塊である機械であろうともよい波動と影響を与えるのがよろしかろうと大きく腹式呼吸を一発フンガとかましたところで勢い余って油で溶けたゴム底の靴で甲板で足を滑らせすってんころりと転がり転がり転がるうちに片付けずに置いておいたロープやペンチや三角木馬やその他モロモロの私物借り物強奪品の数々を体に引っ掛けなおもゴロゴロ転がり続け終に私は巨大なボールになり舟から飛び出し大きな波しぶきをあげ海面へ落ちるがなおも回転の止まらぬ私というボールはそのまま海底へと回転しながら沈んでいき深い深い海の底へと落ちていきアルキメデスかパスカルか慣性か何かの法則をまるで無視するかのように止まらぬ回転体となりその回転は海水を少しづつ少しづつ巻き込み巻き込み始めは小さく小さく上の方へ行けば行くほど大きく大きく渦を巻くようになり海底にいる私には水上からの眺めを見られないのが残念であるがおそらくはアリジゴクの巣のような渦潮ができていることであろうとほくそ笑むがしかしなぜ私はこれほど長いこと水の中に居てぐるぐる回っているにも拘らず一向に窒息する気配がないのは何故かと考えてしまった瞬間に鼻から水が気管に入り水の中で思いきりむせてしまい気管どころか肺にまで水が入ってきてこれはいかんと思いきってゴボッと肺に入った水を吐いたらばこれまでの生涯で肺に溜め込んできたタールやゴミやホコリやイトミミズたちの塊が滑らかにノドを刺激しつつ出てきたのでそのボールは海のさらに深いところへと投げ捨ててしまえばあとはすっきり爽快な私がそこに居るのであり私が渦の中心にいることそれ自体は舟で旅をしていた頃と何ら変わることはなくこれでいいのである。


<次回は「ばん」で始まるタイトルですよ>
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# by edoya-ex | 2006-08-07 07:07 | シリトリヨタバナシ