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生きるために

 もう二十年以上前のこと。母と姉が口論をしていた。

 生きるために食べるのではなく、「食べるために生きるのよっ!」と母が言ったため姉はさらに怒りを増したのである。こうして文章にしてみるとなにやら哲学的な口論のように見えるかもしれない。しかし実際は、この口論は何か別の取るに足らぬ(茶碗に牛乳の蓋を入れたとかどうとかいう類いの)ことから始まり、お互いの言葉の揚げ足取りにより論点がズレズレズレていった結果、こういうネタになったに過ぎない。ある時期から、ここで母娘もろとも一喝するのが俺の役目になっている。実家に帰っている時に限られるが。実のところ同じパターンで始まる口論に飽き飽きしているのでそろそろ「えー年こいて何十年同じことを繰り返すつもりだ!」というセリフが使える日が近づいているのは喜ぶべきことなのか。

 さて、その母娘関係のことはさておくとして、その時の母のセリフ「食べるために生きる」、これはなかなか深い言葉なような気がしてきた。というのは、「生きるために食べる」というとたしかに聞こえはいいが、それでは食事がただ単に生きるためのものに成り下がり、楽しみも何もなくただ胃の腑を満たすためのもの過ぎぬかのようである。しかし「食べるために生きる」だ。「食べる『だけ』のために生きる」のではない。食もまた生きる悦びなり、だ。なるほどいいこと言うぢゃないか、お母ちゃん。売り言葉に買い言葉のはずみとはいえ。そう、食のことを考えることや、食を楽しむことは生きるよろこびのひとつなのだ。贅沢などはしなくてもよい。いい食事をしよう。それはやはり悦びなのだ。

 こう考えてみると、口論が生む失言というのものもまた聞き逃せないな。耳掃除を怠らぬようにしよう。


<次回は「に」または「めに」で始まるタイトルですよ>
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by edoya-ex | 2006-03-30 21:27 | シリトリヨタバナシ