シクラメン

  シクラメンの花を買いに本屋へと急ぎ自転車を走らせる。花屋ではなく本屋へ。この街には花屋はないのだ。だからシクラメンは本屋で、ヒマワリは肉屋で、その他、必要に応じて色々な店がそれぞれ違う種類の花を扱っている。花束を作ろうという時には大変だ。どれだけの店を回らなければならないか。商店街の端から端まで走らねばならないこともある。ここで言う走る、とは、自転車で、ではなく、足で、だ。午前11時から夜の9時までは自転車の通行は禁じられている。裏道というものも存在しない。そういう時には自転車は使えないので、この両の足を素早く交互に前後運動させて前進、つまり、走って移動するしかない。歩いてもいいのだが、とろとろと歩いていると途中でさまざまな誘惑物質が私を快楽の世界へと誘うのである。せやさかいに走らなあかんねん。しかし今日とりあえず必要なのはシクラメンの花のみであり、幸いなことにシクラメンを扱う店であるところの本屋は商店街の入り口近くにあるので、私は自宅から商店街入り口直前まで自転車を走らせ、商店街に入りきれずにいる商店街直前にあるまるで商店街からのノケモノであるかのような「元祖電器本舗サルマタ商会」の格子戸にチェーンで自転車をくくりつけておいてから桃色の商店街へと歩を進め、名前のない本屋へシクラメンの花を買いに行けば良いのである。所要時間はわずか消費税込みで40分である。インド人もびっくりだ。アゼルバイジャン人もびっくりだ。そして驚愕の表情を隠せぬアリューシャン列島出身の荒物屋の爺さんを横目にシクラメンの花束を小脇に抱え、ぬかるみの激しい浅葱色の商店街を来た道を疾風のように駆け抜け引き返し、「本家練炭取次所モモヒキ社中」の野外牢獄の檻に手錠でくくりつけておいた自転車の荷台に颯爽と飛び乗り、誰が運転しているのかよくわからずどこへ行こうとしているのかもわからないがとにかく、とにかく、自転車は走り始めるのだ。右腕はシクラメンの花束を抱えている。左手で運転者につかまる。花粉や砂埃のせいでよく見えないが、運転者の息づかいが左手に伝わってくる。私が左手で握っているのは、運転者の肋骨なのかもしれない。

<次回は「めん」で始まるタイトルですよ>
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by edoya-ex | 2006-05-06 01:47 | シリトリヨタバナシ
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