平成○年○月○日 山の上閉塞祈念会館での講演より 本日はみなさま、おこしいただきまことにありがとうございます。お料理について、お話しすればよろしいのかしら。 牛肉のおいしくいただける季節になりましたねえ。ちかごろはお店で買うことが多くなりましたけれど、私の若い頃は裏の畑からもいできたものですけれどねえ。ええ、牛肉を。牛肉の季節が来ると裏の畑が一面にぱあっと輝くようになるのですよ。今でもまぶたの横にその光がよみがえってくるようですね。満開になるのが待ちきれずにまだ若い牛肉の若芽をこっそり摘んでしまったり…。おきゃんでしたからねぇ私も。そのことでよく太郎にからかわれたものですよ。ええ、太郎。執事の。あら、犬だったかしら。それともヒツジ…。 先だっても牛肉をいただく機会がございましたの。お名前は出せないのですが、さる名高い料理店の厨房のかたがたが私の料理道場へ出張ってきて下さいましてねえ、お互いの研究のため、ということで。大きな声では言えないのですがそのお店、何でも昔から宮内庁ご用達だったのですって。それではなおさら期待がふくらむというものではありませんか。そうしてできあがった秘密の牛肉料理をひとくち、いただきました。大きな声では申し上げられないのですが私、少なからず失望してしまいましてねえ。おいしいのですよ、たしかに。でも何と言いますか、若すぎる、と言いますか、つまり青臭さが残ってしまっているのですね。かりそめにも料理人を名乗るならば牛肉に残る青臭さにはやはりセンシテブでなければなりませんわよねぇ。 塩加減の問題なのでしょうか、油から引き上げる手際が悪いのでしょうか、それともそもそもまだ充分に熟していない牛肉でしたのかしら。これでは私が馳走したほうがはるかにマシ、というものでありました。ありましたけれど、そこはそれ、同じ釜の飯を食らった者同士…、あら失礼私としたことが「飯を食らった」なんてお下品な、ご飯を頂いた…あら失礼、そんな事実はございませんでしたねえ、そもそも同じ料理人同士だからといって遠慮なんかしてはいけないのです。まずいものはまずいのですから、私もあのときはまずい!と叫べば良かったのです。それでも私、臆病者でまた同時に煩悩の犬でもありますからそんなはしたなきことその時は口にできずにしかたなくそのあとも二口三口と食べ続けついには一皿全ての牛肉を平らげてしまいもう口の中はもとより鼻の奥の副鼻腔のほうにまで青臭き憎き牛肉よ胃の中を暴れ回り肝臓を刺激し耳の奥に流れる怪しげなメロディ気がつけば汗まみれの肌襦袢ああおたすけあれおたすけあれおたすけあれ……………… (講演中断) *講演中に錯乱状態に陥り緊急入院した料理研究家の田島ハルさん(68)は現在、多少の記憶の混濁はありつつも現場復帰を果たしております。しかし依然として講演中に語った「牛肉」が本当は何の食材のことなのかは主治医からのストップがかかり確かめられずにおります。 <次回は「る」または「はる」で始まるタイトルですよ>
by edoya-ex
| 2005-11-17 21:42
| シリトリヨタバナシ
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