(笑)と顔文字の使用→幼稚園

 幼稚園というところではいったい何が行なわれているのだろう?




 聞いた話だがタモリは幼稚園に上がる前年に幼稚園を見に行き、そこで園児たちが「ギンギンギラギラユウヒガシズム」のようなお遊戯をしているのを目にして「こんなくだらぬことをしていられるか」と判断し、幼稚園には行かないことを決意したとのことだ。まったくもって正しい行動であったと思う。幼稚園に行かなかったことが、ではない。それを自分の目で見、判断したところが、だ。

 幼子であれ大人であれ、自らの行動を決めるのはやはり自分自身なのだ。幼稚園に通わぬことを自分で決めたタモリもすばらしいが、それを認めた周囲の大人たち(親、祖父母など)もすばらしい。それでよい。ともすれば「普通と違う」ということで強引に矯正されていたところなのだが。ま、そうされなかったことが現在の「タモリ」につながっているのだろう。

 さて。ところで「普通」とは何か。ある年齢に達した時にそれ相応の学校に通い標準年数で卒業し、しかるべきところへ就職することだろうか。それは確かに普通ではある。それで幸福になるのであればそれはそれで大変結構なことなのであるが、ならば何らかの事情でその「普通」の道から外れたとして、それは不幸なことなのだろうか?たとえば「普通の学生生活」をせずに、その年代で得たであろう友人関係を得ぬまま成人する。これは不幸なことなのだろうか? 否。それは一般的に見て普通でない道を歩んだというだけのことであって、決して不幸なのではない。その子は学校へ通わずに何をしていたか?何らかのアルバイトをしていたかもしれない。ならばその子にとってはそこでの人間関係、つまりはほとんどが年長者との付き合いが必要だったのだ。あるいは引きこもっていたかもしれない。それでもその時期のその子にとっては、そうして独りになる時間が必要だったのだ。たぶん。その他、とにかく普通でない道を選んだ人には、その道が必要だったのだ。後から考えて「無駄だった」と思ってしまったとしても、それにしても必要だったのだ。

 NEET(No Education, Employed, or Trained …だったかね?)が増えているんだってね。彼らを甘えていると判ずることは容易いけれども(正直なところを言えば、俺もちょっとそう思わんでもないけれど)、ちょっと待て。彼らにはおそらくこの時期が必要なのだ。話はちょっとずれるが「学級崩壊」というものがある。あれは何か大問題のように言われているが、俺に言わせればあれは「子供たちのごく当たり前の反応」だ。ちょっと前までは教師の威厳とやらでなんとか抑えていたものが抑えられなくなっているだけのことだ。本当には理解していない授業内容がなおざりにされたままどんどん進んでしまう。そのフラストレーションがさまざまな形で現れているだけのこと。教師の言うことを本当に理解できている生徒なんてクラスの5%もいれば良いほうなのだから。で、その学級崩壊の社会版がNEETなのだ(というのは少々乱暴なような気もするが、大雑把に言って図式は同じだとご理解いただきたい)。意識的か無意識的かに関わらず、一般社会における「普通」でいることに耐えられない、おそらくは正常な感覚を持つ人々なのである。正常な感覚を持つが故に、自分独りだけの力ではこの社会を変えるには至らないこともわかってしまう。それゆえのNEET、ってのもあるんではないか?

 と、長々と「幼稚園」というタイトルから離れたようなことを書き連ねてみた。しょうがないから一行目の設問に戻る。「幼稚園というところではいったい何が行なわれているのだろう?」答えは簡単。「人を『普通』であることに慣らすためのトレーニングの第一歩」だ。

(また反感を買うような内容になってしまった。こんなことなら「う」で始まる「ウルトラマン・マックス」にしとくんだった。ちょっと書いとこうか。主題歌がちょっと軽い。それから「Oh〜、さむらいぼ〜い」ってのが背筋がゾゾゾッとする。いまどきあんなあんなアメリカ人がいるものか。いるのかな?しかしマックスのアクションは太極拳まがいのヘンな動きをしていたコスモスに比べて段違いに良くなっていて、見応えはあるぞ。現時点で80点。
次回の「タイトル尻取」は、「えん」で始まるタイトル。)

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gooブログよりコメント移植


コメント
そういえば (モトツマ) 2005-08-03 22:21:52
わたしもいちおうお寺系の幼稚園にいったが、幼稚園ではけっこう反逆児であったらしい、今思えば。みんなが絵本など読んでもらってる時間に勝手にとなりの小学校にかよってたいとこのおにいちゃんとブランコなどして遊び(一人だけ。何で許してもらえたのかいまでもなぞ)、終わった頃に教室?に戻って単独行動をいさめられた先生に逆ギレ(苦笑
たしか「何で呼んでくれなかったのか」といったような抗議をした覚えが…
おまけに親が申し込んでもないのに放課後?のオルガン教室にもぐりこみ、好き勝手にオルガンを弾いていたため、それほど好きならと親がピアノを習わせてくれたのであった…なんて協調性のない幼児…今では考えられないくらいであるよ

ふむふむ (江都屋∞黄金丸) 2005-08-04 20:53:45
今では考えられないくらいでありつつも、さもありなんと妙に納得してしまうワタクシである。ふっふっふ。
しかしそれにしても、反逆すべき時にしっかり反逆しておくのが良かろう。そうでないと中年間際になってもなおこっそりと世間に反抗し続ける俺のようになってしまうのだ。それもけっこう楽しかったりするけどね。

んでもけっきょく (モトツマ) 2005-08-05 00:13:59
小学生になった頃にはもう反逆心のないこどもになってしまったので、結局25歳も超えてから反逆心がふつふつと…でこうなるわけ(苦笑
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by edoya-ex | 2005-08-02 21:40 | シリトリヨタバナシ
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